G.R.E.S. ベイジャ・フロール
創立: 1948年12月25日
チームカラー: 青+白
シンボル: ハチドリ
名前は「ハチドリ」。創立メンバーのネガォン・ダ・クイーカの母親エウラーリアが、既存のハンショ・グループの名前を真似てつけたと言われる。本拠地ニローポリスはリオデジャネイロ北西部郊外(多くのエスコーラが存在するモーホ群を越えた先)の市。
ブロッコとして地元で活動した後、1953年にエスコーラとして登録。1954年から中心部のパレード
に参加して2部優勝を飾るが、トップリーグでは成績は振るわず、1965年には3部にまで降格した。1974年にトップリーグに復帰するなど、着実にス
テップアップしてきたベイジャ・フロールだが、1976年に「確率変動」が起こった。伝説的カルナバレスコであるジョアンジーニョ・トリンタ(1933-
2011)の就任1年目でのチーム初優勝を皮切りに3連勝。これを含め、ジョアンジーニョが在籍した1992年までの17年間だけで、優勝5回、2位7
回、辞任のきっかけとなった1992年の7位以外は土曜日のチャンピオンパレードに全て参加する(6位以上)という、一大勢力へと変貌
を遂げた。
ジョアンジーニョの手法は、他人を驚かすものならばなんでもやる、といったものだった。「豪華絢爛」かつ「大がかり」な山車や衣装の導入、そして、数々の
タブー破りを含む、「笑い」と「皮肉」の戯画(カリカチュア)的な表現で、カーニバルの標準を大きく作り変えていった。1989年の「ネズミ、ウルブ、私
の衣装を離せ」では、ハイパーインフレ下での格差拡大を糾弾するべく、コルコバードの丘のキリスト像に乞食風のボロをまとわせた姿の山車を製作し、宗教を
侮辱する表現を禁じるブラジル刑法に従って、使用を禁止された。本番では像全体に黒いビニールを被せ、「主は禁止されてしまいましたが、我らをご照覧あ
れ!」という横断幕をかけて使用した(土曜日のチャンピオンパレードでは、終点付近でビニールを破った)。1992年には、フルヌードの男女を出場させた
かどて、逮捕。ジョアンジーニョは「ミケランジェロの作品を再現しただけだ」と供述したと伝えられている。事後、宗教の侮辱や性器の露出については、審査
基準の中に禁止が(特に個別に)明記されるようになった。
ジョアンジーニョ以後も、優勝争いに絡む勢いを失うことはなく、抜群の「連対
率」でLIESAランキングのトップに君臨している。ただし、2007年の優勝後、審査員に対する買収行為で代表のアニージオ・アブラアォン・ダビが逮捕
されるなど、疑惑がつきまとう。以後、審査員の行動制限等、不正対策が強化されている。
エンヘード
- 1954年 「エメラルド掘り」 2部優勝−昇格
- 1955年 「ブラジルの詩の金のページ」 6位
- 1956年 「ガウーショ」 13位
- 1957年 「ブラジルの黄金色の富」 10位
- 1958年 「モンチ・カステーロ占領−軍隊讃歌」 10位
- 1959年 「ワールドカップ」 9位
- 1960年 「第一摂政」 10位−降格
- 1961年 「ブラジリア記念」 2部8位
- 1962年 「残留宣言の日」 2部2位−昇格
- 1963年 「ペリーとセシー」 10位−降格
- 1964年 「コーヒー−ブラジルの富」 2部12位−降格
- 1965年 「子宮自由法」 3部3位
- 1966年 「ブ
ラジルの独立とともに生じた事象」 3部3位
- 1967年 「君主制の崩壊」
3部2位−昇格
- 1968年 「ジョゼ・ヂ・アレンカール讃歌」 2部9位
- 1969年 「亡命者の汽船」 2部10位
- 1970年 「栄光の4世紀」 2部6位
- 1971年 「カーニバル−至高の幻想」 2部7位
- 1972年 「我が愛するバイーア」 2部6位
- 1973年 「発展のための教育」 2部2位−昇格
- 1974年 「ブラジル、2000年」 7位
- 1975年 「偉大なる10年」 7位
- 1976年 「王の夢を見るとライオンが出る」
優勝
- 1977年 「ばあちゃんとお祭り騒ぎの王様、エジプトの宮殿で」 優勝
- 1978年 「ナゴー族の伝説にいう天地創造」 優勝
- 1979年 「おバカの楽園」
2位
- 1980年 「真夜中の太陽−不思議の国への旅路」
優勝(3チーム同点)
- 1981年 「ブラジルのカーニバル−世界第8の不思議」 2位
- 1982年 「蛇の青い目」
6位
- 1983年 「黒い星の大きな星座」 優勝
- 1984年 「素晴らしいゆりかごに寝る巨人」 月曜日の3位、スーペルカンペオナート5位
- 1985年 「アダムとイブの洞穴」 2位
- 1986年 「世界は一つのボール」 2位
- 1987年 「ライムライトの魔法の輝き」 5位
- 1988年 「私は黒人、エジプトから自由へ」 3位
- 1989年 「ネズミ、ウルブ、私の衣装を離せ」 2位
- 1990年 「皆、裸で生まれた」 2位
- 1991年 「不思議のブラジルのアリス」
4位
- 1992年 「広大な中に一点、輝くポイントがある」 7位
- 1993年 「ウニ、ドゥニ、テ(1・2・3)、ベイジャ・フロールが選んだのは、君だ!」
3位
- 1994年 「マーガレット・ミー、アナナスの貴婦人」 5位
- 1995年 「ビドゥ・サヤォンと水晶の歌」
3位
- 1996年 「ブラジル人民のオーロラ」 3位
- 1997年 「ベイジャ・フロールはサプカイのパーティ」 4位
- 1998年 「パトウ・アヌの海の中にある、カルワナ族の謎の世界」 2位
- 1999年 「アラシャー、一番に日の出を迎える高地」
2位
- 2000年 「ブラジル。強く脈打つ心臓、皆の故郷、あるいは、誰のものでもない土地。」 2位
- 2001年 「アゴチーミ=マリア・ミネイラ・ナエーの流転」
2位
- 2002年 「ブラジルが「恵みの空気」を送る。イカロスからフーベン・ベルタまで。飛翔の衝動。」 2位
- 2003年 「人民が語る人民の歴史: 空の袋は座りが悪い。戦争を行う手が平和も作る。」 優勝
- 2004年 「聖地マノーア(アマゾニア州マナウス市)。身体を養い、魂を清め、平和を発信する。」 優勝
- 2005年 「風がパンパの地を切り裂く。父と子とグワラニの精霊の名において、敬虔かつ困難に向かう7つの部族。7つの愛のミッション。」 優勝
- 2006年 「蜜液の泉、神秘の水が大地に流れる。カオスから生命の爆発へ」 5位
- 2007年 「アフリカ、王のゆりかごから、ブラジルの宮廷へ」 優勝
- 2008年 「マカパーバ、彼岸、地球の中心への幻想的な旅行」
優勝
- 2009年 「喜びのシャワー。喧噪の中で、体に浴びる者は魂を洗う。」 2位
- 2010年 「新世界の太陽に輝く、ブラジリア、夢の実現、希望の首都」 3位
- 2011年 「ある王の謙虚さ」 優勝
- 2012年 「サンルイス−マラニャォンの不思議な詩」 4位
- 2013年 「忠良なる友」 2位
- 2014年 「ブラジルの情報伝達における、巨星」 7位
- 2015年 「語り部の話。アフリカに目を向けること、そして、赤道ギニアの夜明け。我ら、幸せの道を辿らん。」 優勝
- 2016年 「ミナスの天才!ノーヴァ・リマが出身地。サプカイ侯爵−大詩人!」 5位
- 2017年 「蜜の唇をもつ乙女、イラセーマ」 6位
- 2018年 「怪物、それは愛を知らぬ者−祖国に見放された子供たち」
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